オレは何度も綴っているように、このブログでは真実・正論しか書きません。
例え、その正論や事実が人を傷つけることになろうと
それは事実のことなので、取り下げることもしません。
では綴っていきます。
昔のプロ野球選手が
「俺らの時代は凄かった」
「オレは160キロ出していた」
「今の選手は不甲斐ない」
とか、結構当時の自分たちの時代を「レベルが高かった」と知らしめ
時には現代と比較し、現代を否定したりします。
オレは過去の大選手が過去の時代のほうが凄かった
過去の選手のほうが凄かったことに対して、否定しません。
それは数字的にも昔のほうがレベルが高かったのは客観的に事実ですから。レベルが低かったのであれば、低い数字しかはじき出ない。これは事実です。レベルが高い人は高い数字が出る。低い人は低い数字しか出ない。当たり前のことであり、低い人が高い数字は出せないのです。 レベルが低い人がテストの点数で高い数字が出せないのと同じことです。簡単な理屈です。
仮に、過去の大選手が「俺らの時代のほうが凄かった」と言うことを言うと、決まって
今のプロ野球ファンは
「老害」
「昔の投手が150キロ出ているわけが無い」
と、分析も何も無く、思い込みや感情で
人格や人間性を否定した、これこそ問題発言をしてきます。
まあ、今の時代を否定されたら
それが客観的にレベルが低いのが事実であっても、まあ良い気分がしないのはわかります。
しかし、数字的に今のほうが劣るのは客観的に事実ですし、分析結果から昔の投手も150キロをゆうに超越していた報告も出ています。
ここで、今のプロ野球ファンの発言で矛盾が出ます。
「昔を美化しやがって」「この老害が!」とか、現代のプロ野球ファン(若いファン)は言うくせにその当のテメエらが今をやたら持ち上げて美化しているじゃねーかよ(笑) それはおかしいと思わないの!?
って話です。
そうでしょ?
今は凄いんだ! って今をやたら持ち上げて今を美化して言ってるじゃん。
でも昔の選手たちが昔を美化したら 「この老害が!」って言うのは矛盾してるでしょ?
何で今を持ち上げるのは良しとして、昔を持ち上げるのは「老害」発言になるの?
この今のプロ野球ファン(若いファン、現代人)のなんとも矛盾発言は
ちょっとどころではなく失笑さえ覚えます。
客観的に昔のレベルが高いからレベルの高い数字が出ているんだよ。それはどうキミらは認めんの?
オレはそう思いますけどね?
それは美化でも自慢でもなく、昔の大選手の「俺らの時代は凄かった」は客観的に出ている数字から事実なんだよ。
まあ、心理的にその事実をバーンと前面に出されて
「コノチクショー」ってなって、「この老害が!」と感情的になってるんでしょうが
まあ、数字には数字で対抗するしかないので、過去の大選手の「昔のほうがレベルが高かった」を覆したいなら、今のプロ野球が昔の記録(通算成績)を超えるしかないですね。 それしか対抗手段はありません。
まあ、オレは良く思いますけど
今のプロ野球やメジャーの世界が
過去のそれらの世界の成績を全く超えられないのに「今のほうが凄いんだ」と感情的に出されても、客観性(数字)も何も無いので、現代のファンの発言のほうが 「老害」 に相当すると、オレは思っています。
そこはどう思うの? 現代プロ野球を持ち上げている諸君は。
断っておくが
オレはどちらの味方でもない。
オレは数字しか興味が無いし、信用できるのは数字だと思っている。
だからそれを超えられないのに「今が凄い」と吹聴されても、信用性が全く無い。(昔の選手は結果を出しているから、昔のほうが凄い の発言は信用性が大いに有る。ただそれだけだ。)