1979年 大杉氏のスランプ時
「ヤクルトが負けるのは大杉のスランプのせいだ」 と、大杉氏の長女(貴絵さん)が学校でいじめに遭い、大杉の枕元に「学校に行きたくない」と手紙をしたためた。その手紙の返答。
「明日学校に行って先生に頼んでくるからね。そんなこと気にしないで貴絵ちゃんガンバレ。
パパもね、貴絵ちゃん。パパが子供の頃、母さんが毎日家を留守にしたことがあったの。パパも毎日母さん恋しさに泣いたよ。貴絵ちゃんも思い切り泣くといい。少しは気が晴れるだろう」
家族のためにも何とかスランプから抜け出したい。
そんな大杉氏は翌1980年 打率0.301 21本 82打点と復活。
翌々年の1981年は 自己最高打率0.343を記録。終盤まで首位打者争いを演じた。